faces and portraits (2026)
ベーシックが弱いからズレます。ベーシックに自信がないとズラしだして、そのズラしを認めてくれるズラし野郎が一寸だけいて、写真界は狭いけどアートシーンは広いから。それでコラージュとかアートみたいに括られることもありますが、自分自身はこういったもの全て写真です。
だから写真ってことの捉え方のバリエーションというか、ベーシックには線なり色なり質感なり浮かびあがったカタチに瞬間的にグッとくるかこないか。写真かどうかの判断基準はそういった瞬間的なものです。
これは先天的におもっていたという訳ではなくて、これまで散々ズレた側でやってきたヘドロみたいな時間があって、ズレまくった経験から言えます。
やっぱり土台をびっちりやってる人をしっかり見れなかった「つまらない」とか言って。上手いとか下手とかそういったことじゃなく、興味深いものが生み出せるのか、ただ考えるだけの人なのか。
私みたいに結局方向転換できずズレきったまま歳をとった人が、結局アレだ、鍛錬だって。只今現在の気づき、本音、残念。
CHEEP HANDWARE
何か言葉にできないけど在る、漠然とした「カタチ」。以前は一つ一つの仕事でどのくらいの時間がかかるかが全くわかりませんでした。今はおおよその目安はわかるようになってきて、その目安が大体わかると先々の予定(展示など)が組みやすくなります。
だけど結局は量をこなして「カタチ」にするしかありません。量をこなさないと身につかない技術もあるし、身についた技術を維持するためにはそれなりの量をこなさないといけません。
これまで好きで聴いてきたレコードのラップやファンクやダブみたいな音は、反復をメインに切ったり貼ったりする制作手法が面白くて聴いてきました。ノイズはコードを覚えてなくても弾ける音楽だから、いい音楽だと思います。
これまで見聞きした写真家も、何でもやる派と、できないことはしない派がいますが、そのあたりは自分の適正に合わせるしかないと思います。私はいつも何を足して何を引くか、そんなことばかり考えながら取りあえず足と手を動かしています。