Dec 30, 2025

2025

  


今年もあと少し。仕事、終わったんだか終わってないんだか、すでにのんびりしています。大掃除はせず、フィルムをスキャンしたり写真集をコラージュしています。ここ数日、近所のスーパー、薬局はだいぶ混んでいました。

この年末は天下茶屋の二等車で河合止揚氏の個展『中国雲南省昆明留学日記』を観たり、海外旅に出たくても出てないから、鶴橋コリアタウンのオヂェパメンで釜山名物デジクッパ、蒸し豚を食べたり、久々に心斎橋筋の功夫ラーメンで台湾牛肉麺、ルーロー飯を食べたりしてました。あとは西成で撮影(散歩)とリフティング。この夏は風通りのいい道を歩き、冬は日当たりのいい道を歩きます。夏の夜の公園は蒸し暑かったけど、冬だと寒く、寒風の向かい風のボールタッチはつらいのです。すぐ家に引き返したくなります。それでも足を動かしていると段々体が温まってきて、もっと蹴りたくなるから、気分もよくなります。

「自分はこれから何をしたいんだろう」と考えながら、取捨選択をして、時間がかかります。それをしないと、先に進めない気になりますが、何を撮る(つくる)かで、悩むひまがあったら、とりあえず、何かを撮って(つくって)それから悩んだほうがいい。……という言葉がまた浮かびます。

わたしの写真は達成感が全然なくて、今日いいと思ってみても次の日にはよくなかったりとか。なので撮ったことを忘れてしまうくらい寝かせて、時間が経ってあらためて見る方がちょうどいいみたいです。そうして自分が言ってたことと写真の内容がズレてきたら面白くなるぞ、とひらめきました。ズレることによって、そこに新しい何かが立ち現れ、つぎの写真が生まれるから。これからもズラしていく、あり方を採りたいです。今、日本酒で一寸ほろ酔いです。


思い返せば、この一年は一度も病院にお世話にならない体調良好な年でした。今さらながら、健康だと酒と珈琲がうまい、このペースで行きたいです。2025年いろいろありがとうございました。よいお年を。

Nov 16, 2025

Art photograph Group show (2025. November)















昨日、レクトヴァーソギャラリーでのグループ展は無事、会期を終了しました。お越しいただいた方々ありがとうございました。

今回のグループ展もやっぱり一番自分の新しい作品を発表したいと思って、新しい作品が写真家にとっては大事だと思っているので、会場で作品を一瞬でも観た人が好きに(メッセージはないです)反応していただけたなら嬉しい限りです。

アートも写真も観た人がどれくらい考えたり感じたりすることが重要なので、瞬間でも目にとまり、わたしの写真がたとえ気に入らなくても全然いいです。他の写真家のいい作品が展示されて在るから、そういう役割にもなります。

今後も自分に根拠を問い続け、また出展の声がかかるように、ひとつひとつやって行きたいです。ありがとうございました。


Nov 1, 2025

Group show

 



忘れかけの記憶というか、消えていく夢というか、たとえば被写体をうまく写すことも重要ですが、わたしはずっとそこに在るかのような空気に、反応することの方が大事です。

二眼レフの正方形ファインダーを覗きながら、近くで見ているのに遠い印象、鮮明だけどおぼろげな光景、そういったものを写し撮ることができるなら、それは原型をとどめない程にシャッターを切る多重露光ではないかと繰り返しました。

考えてみると、対象となる傷や錆や罅、黴、擦れ、汚れ、剥げ、染み、凹み、不気味な痕跡、不思議な実在感、ボロい色の隙間と奥行きの空間、虚ろに見えるのも、ある感情が湧きおこり枯れていった、余韻なのかもしれません。

撮影した色々な年代の色々なメーカーのフィルムを、現像のプロセスでモノクロもカラーもネガもポジも全てをいかに混ぜるか、バリエーションが安定しないように、同じ結果にならないように、失敗も含め曖昧なイメージを写真にしたいと単純に思います。

また写真はイメージであって物質でもあります。乾燥したフィルム同士を詰め込んで、漂白し擦って剥がし溶け出し混じり合って浮かび上がる現象は、前後、左右、上下、表もあって裏もあります。それが写真の面白さでデジタルデータに変換しました。

そこには写真をデータ化する過程で、変化する瞬間、変化しつつ凝固したと考えるしかないと、同時にそれは自意識の変化も生じるべきものです。そう簡単に自意識や無意識はコントロールできませんが、そういった意識の変化の上で、また一枚の写真に向きあう時、確かにリアルに在ったあの空気が、何か、幻を見せられているようで、そわそわします。

森川健人


11日(火)から東京・日本橋茅場町のレクトヴァーソギャラリーにて。お近くにお越しの際は、ぜひご高覧ください。 

【展示内容/インクジェットプリント、カラー


Dec 31, 2024

2024

   



火曜、大晦日。クリスマス以降は北浜のFOLK old book storeで開催されていたスーパーハイパースぺイシーのともさんCAPをプレゼントでもらい、その後は忘年会や飲み会とかはいっさいお誘いがありませんので、まあ暇、暇でもないんですが、のんびり年末を過ごしています。

ふと、一月から順番に今年の記憶をふり返ってみても、ざっくり云えばやや迷走気味で、健康状態は割と良く充電の年だったと前向きに考えることにします。最近は、無理せず怪我せず疲れを溜めず、手の届きそうにない欲求はあきらめ、静かに暮したいと、若い頃にはこんな平穏を望む人間になるとは思っていませんでした。

今、望むことは単純に普通に暮らしていくこと、自分ができる仕事を続けて生きていくこと、以外は望んでないです。あと好きな外国の路上に一寸行けて、歩いて撮れたらいいなと思うくらいで、いつもそんな気持ちには変わりありません。

結局それしかできないから、いつかどこかで偶々でも自分の作品を観てくれる人がいたら、なるべく好きに観てくれるように(メッセージはない)、本人の意図から離れれば離れるほど面白くなっていくように、同じようなことを淡々と積み重ねていきたいです。

2024年ありがとうございました。よいお年を。 

森川健人


Dec 1, 2024

Art photograph Group show (2024. November)









Art photograph group show (2024 November)に参加しました。ありがとうございました。

今回展示した新しいシリーズ"the versions"は見る人が題名に引っ張られることがないように、出来るだけフラットな言葉でなるべく具体的な情報を入れないようにこのタイトルにしました。見る人がどう考えるかが今の自分にとっては重要だと思っているからそうしました。

なんで自分自身そう云うことをしているのかは説明出来なくても、明らかにモチベーションがあってやっている感じです。自分が面白いと思っていて、コレが写真かどうかはわからなくなる時があり、自分でもわからないってところがすごく重要で大事だと思っています。

わからないことは面白いことなので、繰り返し歩いたり撮ったり、わたし自身もわからなくてやっていることが、いつかわかって説明が出来るようになると、そこでモチベーションがなくなりそうです。なので方法とか過程の説明は出来ても「わたしの作品はこうなんです」って説明は出来なくて、結局説明出来ないから写真にしています。


森川健人


I participated in the Art photography group show (November 2024).Thank you very much.

The new series "the versions" that I exhibited this time is clearly motivated, even if I can't explain why I do it.

I find it interesting, and there are times when I don't know if it's a photograph, and I think it's very important and valuable that I don't know myself.

Not understanding is interesting, so when I walk and take pictures over and over again, and one day I understand and can explain what I'm doing without even understanding it, I think my motivation will disappear. So even if I can explain the method or process, I can't say "this is what my work is like," and in the end, I take photographs because I can't explain it.



Kento Morikawa



Nov 22, 2024

Group show

 



the versions2024

【展示内容/インクジェットプリント、モノクロ

 展示作品について、このシリーズはまず撮影によってイメージをつくることからはじめました。時々歩く故郷の土地や、現在暮す町の界隈、偶然歩いた旅のどこかでもカメラを手に目を凝らせば、あらゆる場所にずっとそこに在るかのようなキズやサビ、ヒビ、スレ、ズレ、ヨゴレ、シミ、ヘコミ、アタリ、カケ、ハガレ、メクレ、様々な放置された痕跡とボロい色の隙間に身体が反応して写真のスイッチが入ります。

 それら大半は誰に気づかれることもなく、無関心と時間の中に生じたロスやエラーやノイズとして世界から消えていきます。偶然、わたしはその瞬間、フィルムを使ってイメージを定着したいと写真衝動に駆られます。ひとつのことが別の何かにつながってゆく感じです。

 今回のアブストラクトシリーズでは、イメージを抽象化する要素になる撮影においての曖昧な記録性と、コントロールしきれないまま浮かび上がってくるフィルムの物質的現象としての作品を提示したいと思います。

 

森川健人

Nov 3, 2024

Collage

 


Loose Bunch (2024)

Collage

 


Loose Bunch (2024)

Collage

 


Loose Bunch (2024)

Collage

 


Loose Bunch (2024)

Collage

 


Loose Bunch (2024)

Collage

 


Loose Bunch (2024)

Collage

 


Loose Bunch (2024)

Collage

 


Loose Bunch (2024)

Collage

 


Loose Bunch (2024)

Collage

 

Loose Bunch (2024)

Sep 18, 2024

Collage

 


Edge/Back (2024)

Collage

 


Edge/Back (2024)

Collage


Edge/Back (2024)

Jul 12, 2024

RECORD COVER

 RECORD COVER #34      2024, EP(7inch)

RECORD COVER

 


RECORD COVER #33      2024, EP(7inch)

May 13, 2024

RECORD COVER

 



   RECORD COVER #32     2024, EP(7inch)

RECORD COVER

   RECORD COVER #31        2024, EP(7inch)

RECORD COVER



 RECORD COVER #30       2024, EP(7inch)



Record Cover





RECORD COVER #29        2024, EP(7inch)


May 6, 2024

RECORD COVER



   RECORD COVER #28      2024, EP(7inch)

Mar 29, 2024

Book

 












The Works of  Kento Morikawa -Lucien Deux (2016)


255×215mm/本編142項/写真点数90点/上製本

2016年刊行.33STUDIO BOOKS.

ISBN978-4-907485-04-7/Edition.200

2022年制作/Edition of 1(Cover + Collage)


※フランス・パリの路上で撮影した自身二作目。2013年にZINEとして刊行した『LUCK OF LUCIEN』の続編です。前作はパリ・バンリュー(郊外)で撮影しました。今作では移民街特有のケバケバしい町並みとザワザワとざわめくような感覚を、通りすがりのスナップショットで写しました。他にも前作までと異なる点は、これまでは意識的に省いていた、風景の中に人が一杯写り込んだカットも収録しています。


「パリへは高校生のころ幼馴染の友人と二人、大人に誘われるがまま10日ほど学校をサボって旅をしたのが初めでした。その時が国際線に乗った最初の旅でもありました。当時憧れでも特別興味があった都市でもなかったけど、その後も何度か歩いています。昨年ドイツの旅の最中、いきなりあの時分の感覚が鮮明に蘇り、何十年も経ち昔訪れた場所を無性に写真にしたくなって渡航してみました。形(写真)にすることで、予想外の発見とこんな程度だったかと残念な気持ちとを同時に味わうこともあります。

そして、この旅の帰国当日シャルル・ド・ゴール空港を昼の便で発ち、その8時間後にあの同時多発テロが起こったことは、大阪に着き乗り継いだ南海線で知りました。その瞬間、身の毛がよだち真っ先に浮かんだのは、サン・ドニはサン・ドニでもパリ市内10区のストラスブール=サン=ドニ駅周辺で昼間っからズーと暇そうにたむろしていた大勢のアフリカ系の人たちのシルエットや、移民街シャトー・ドー駅前のお世話になったアラブ人宿の主人と小さな声の掃除のオバさんの顔……彼等の現在の表情を想像しました。

分らないまま、決めつけも出来ない……あれから何度も歩いてみたけどピタリと着地しません。目の当たりにしたゴミだらけの路上でこれまでのことが一寸だけ蘇り、様々な思いも溜め込んでまた新たな気分になります。そして歩き廻ってその土地の空気を封印したフィルムが残り、多くの光景が心に溜まった旅の感覚は、あの時から今も続いているようです。」(「あとがき」より)