faces and portraits (2026)
ベーシックが弱いからズレます。ベーシックに自信がないとズラしだして、そのズラしを認めてくれるズラし野郎が一寸だけいて、写真界は狭いけどアートシーンは広いから。それでコラージュとかアートみたいに括られることもありますが、自分自身はこういったもの全て写真です。
だから写真ってことの捉え方のバリエーションというか、ベーシックには線なり色なり質感なり浮かびあがったカタチに瞬間的にグッとくるかこないか。写真かどうかの判断基準はそういった瞬間的なものです。
これは先天的におもっていたという訳ではなくて、これまで散々ズレた側でやってきたヘドロみたいな時間があって、ズレまくった経験から言えます。
やっぱり土台をびっちりやってる人をしっかり見れなかった「つまらない」とか言って。上手いとか下手とかそういったことじゃなく、興味深いものが生み出せるのか、ただ考えるだけの人なのか。
私みたいに結局方向転換できずズレきったまま歳をとった人が、結局アレだ、鍛錬だって。只今現在の気づき、本音、残念。そしてそれは瞬発的なものだけではなく、後からじわじわ沸いてくるものも。